女性護身術(※1)は、1970年代の女性に対する暴力を許さない社会的な要請に応じて、アメリカやカナダで開発された、女性や子供など力の弱い人(※2)のための護身術です。
女性護身術の歴史
女性護身術の歴史がスタートしたのは正確には1972年です。アメリカに於いて Matt Thomas(母親が日本人で父親がアメリカ人)によって空手を元にした女性護身術が作られ、同年、カナダに於いて、Paige family (Ned Paige & Ann Paige) によって空手と柔道をもとにした女性護身術が作られました。
女性護身術は、レイプ発生率が世界一高い米国(バートル・バートル,2010) を中心に普及しており、米国のセキュリティ専門家にもレイプから身を守るための護身術として、その効果が認められています。(ディー=ベッカー,1999)
日本に於いては、2007年に国産初の女性護身術としてパラベラムの研究・開発がスタートします。パラベラムは、アメリカ、カナダ、スイスの女性護身術団体から訓練を受け、更には女性護身術の弱点を克服するために、独自の改良を加えて現在に至ります。
女性護身術の特徴
現代の一般的な護身術では、見ず知らずの他人(いわゆる不審者)からの暴力を想定しています。それらとは異なり、女性護身術では、女性の多くが顔見知りにより殺害されたり強姦されたりしていること、強姦には必ずしも身体的な暴力が伴わないこと、 強姦の多くが計画的におこなわれていること、といった実情を踏まえて、身体的な抵抗のみでなく、心理的な抵抗の技術(言葉と態度による攻撃の回避)を重視しています。
女性護身術では、心理的な抵抗の強化手段として、エンパワーメント(統御感の獲得)する、自尊感情を高める、境界線(自分にとって許せる範囲と許せない範囲)の確立、アサーティブネス(自他を尊重する態度)を身につける、といった内容のプログラムを指導しています。
つまり、暴力がどのように見えるのかを学び、自分にとって許せる範囲と許せない範囲の境界線を確立することで暴力を予防し、自他を尊重するコミュニケーションを駆使して暴力を回避します。そのため、女性護身術では、一般的な護身術では対応することが出来ない、ドメスティック・バイオレンスやセクシュアル・ハラスメントなどにも対応出来るようになっています。
「女性護身術」と「女性向け護身術」の違い
女性護身術と、一般的な「女性向け護身術」との大きな違いは、女性護身術は、男女平等の精神を重視し女性の自立自尊に焦点をあてていることです。
多くの「女性向け護身術」では、簡単な武道の技を短時間で幾つか教える、といった内容に止まる場合がほとんどですし、「夜道を一人で歩いてはいけない」など、女性の行動を制限するアドバイスをしがちです。そもそも、女性が最も暴力に遭う場所は自宅であり、最も多い加害者は夫や元夫、恋人や元恋人であるのに……。
女性護身術では、女性が身を守るために「やってはいけないこと」ではなく「何ができるのか」を伝えることを重視しています。つまり、行動の自由を制限するのではなく、拡大させることを目指しているのです。そうした部分が、一般的な「女性向け護身術」と決定的に異なると言えるでしょう。
女性護身術の刷新
女性護身術は、女性への暴力を許さない社会的な動きの中で、大きな役割を果たしました。しかし、女性護身術には二つの弱点がありました。
一つ目の弱点は、女性護身術の格闘技術が「シンプル過ぎた」ことです。米国サンディエゴ市警のSWATチームの教官を務めたストロング(2005)は、米国の女性護身術団体が指導する格闘技術に関して「効果がない」と批判しています。また、多くの女性護身術団体では、講習時間が1〜2時間から長くても約20時間ほどで終了します。そのため、格闘訓練が簡易なものとなるため、実質的な格闘能力の向上が見込めません。
二つ目の弱点は、従来の女性護身術においては、暴力の発生原因を、フェミニズムや社会学などの観点だけから理解しようとする傾向が非常に強く、現在の犯罪学、犯罪心理学の常識とは異なっていたり、進化心理学や戦略学からの説明を無視していました。そのため、暴力の予想や回避に関する知識に大きな限界があったことです。
パラベラムが研究・開発した国産初の女性護身術であるパラベラムでは、このような女性護身術が持つ二点の弱点を、実戦的な格闘術の導入と、犯罪心理学、進化心理学や戦略学の知識を導入することにより、刷新しています。
脚注
※1 英語では “Feminist Self Defense” と表記されます。
※2 男性も強姦、痴漢、ストーカーなどの性犯罪に遭います。また、女性にはMtFの方が、男性にはFtMの方も含まれます。